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水戸地方裁判所 昭和44年(行ウ)1号 判決 1972年1月27日

原告 青柳新兵衛

被告 茨城県収用委員会

訴訟代理人 光広龍夫 ほか一四名

建設大臣

主文

原告らの請求は、いずれもこれを棄却する。

訴訟費用は、原告らの負担とする。

事実

第一当事者の求める裁判

一、原告ら

(一)  被告茨城県収用委員会が昭和四三年八月二八日日本住宅公団からの同四二年一一月三日付申請に基づく石岡都市計画柏原工業団地造成事業にかかる土地収用裁決申請事件につき、別紙目録〈省略〉第一記載の土地についてなした裁決は、これを取消す。

(二)  訴訟費用は被告の負担とする。

二、被告及び参加人

(一)  原告らの請求を棄却する。

(二)  訴訟費用は原告らの負担とする。

第二請求原因

一、被告は昭和四三年八月二八日訴外日本住宅公団(以下公団と称する)が同四二年一一月三日付けをもつてした石岡都市計画柏原工業団地造成事業(以下本件都市計画事業という。)にかかる土地収用裁決の申請に基づき、原告等所有の別紙目録〈省略〉第一記載の土地(以下本件土地という。)に対し、左記事項の裁決をした。

(一)  収用する土地の区域 本件土地

(二)  損失補償金

青柳新兵衛につき 二、九七三萬七、九一〇円

高栖 勇につき 五四萬六、七四二円

(三)収用の時期 昭和四三年一二月一六日

二  しかしながら、本件裁決には、次のとおりその手続及び内容に違法があるから、取り消さるべきである。

(一)  手続の違法

(1)  土地収用法二四条二項違反

建設大臣が旧都市計画法(大正八年法律第三六号)三条の規定による本件都市計画事業の決定を行なうにあたり、その先行手続である土地収用法二四条二項所定の公告及び縦覧の手続が石岡市長によつて行なわれなかつたから、本件裁決申請は、同法四七条によつて却下されるべきである。

即ち、土地収用法二四条一項に規定する「事業の認定に関する処分」と見做されるのは、本件都市計画事業に対する旧都市計画法三条一項による事業の決定であるところ、右決定をなすときは同計画書その他の添付書類等決定の内容を土地収用法二四条二項に基づき公衆の縦覧に供しなければならないのである。このことは、同法二五条が意見書の提出を保障するものであることからも明白である。

(2)  土地収容法六二条違反

被告は、公団から補償額の決定に関する文書(鑑定書)等の提出を受けたので、原告らは本件裁決のための審理中右文書等の閲覧を申し出たが、被告はこれを拒絶し、審理終結まで閲覧させなかつたのみならず、被告の命によつて作成提出された鑑定書についても原告らに閲覧の機会を与えなかつた。右の行為は、審理の公開を定めた土地収用法六二条に違反する。

(二)  内容の違法

(1)  土地収用法四七条一号違反

本件土地収用の目的は、公共目的に合せず、合理的且適正ではない。

即ち、本件都市計画事業の目的は、「新市街地を建設して人口の導入をはかり、併わせて関連産業施設、住宅施設及び市中心部の商業地区、業務地区の施設並びに文教施設の整備を行なうものとする。」というのであるが、真の目的は企業を誘致することによつて訴外石岡市の収入を増加させることにある。このような目的は、首都圏整備法二四条一項の「委員会は既成市街地の近郊で、その無秩序な市街地化を防止するため」という目的と全く無関係なものであつて、なんら合理的且適正なものということはできず、また、公益上の必要があるものということはできない。従つて、この点を看過してした本件収容裁決は、土地収用法四七条一号に違背するものというべきである。

(2)  憲法二九条三項土地収用法二条違反

憲法二九条三項は「公共のために」土地を収用し得ることを規定しているが、右の「公共のために」とは、具体的には土地収用法二条の「公共の利益となる事業」にほかならない。ところで、公共の利益となる事業とは、その事業用地の利用が直接に公共のために明白に必要であるものでなければならないが、少くともその土地の利用がその利用者の私的利益を直接の目的とするものであつてはならない。

しかしながら、本件の土地収用の結果造成された工業団地を利用する事業主体は、訴外石岡市等によつて将来誘致される不特定の営利事業であり、特に本件土地にこれらのものを誘致しなければならない明白な公益上の必要は認められず、また、誘致されて本件土地を利用する営利企業は本作土地を明白に必要とするものではなく、単に本件土地をその営利の目的のためにのみ利用するものであるから、公共の利益と何等関係はない。すなわち、本件裁決は、憲法二九条三項土地収用法二条に違反するものである。

(3) (イ) 本件収用裁決処分は、整備法〔補注旧首都圏市街地開発区域整備法-以下同じ〕一五条の規定に基づきなされたものであり、同法一七条二項により旧都市計画法一九条が準用され、更に同条により同法三条の規定による都市計画、都市計画事業の決定をもつて土地収用法二〇条の定める事業の認定と見做されるのである。

しかしながら、整備法一五条は「造成事業のため必要あるときは……収用することができる。」と規定し、その必要がある場合について同法一七条一項は「この法律に特別の規定がある場合のほか、土地収用法の規定を適用する。」と規定している。そして、同法一五条の「必要あるとき」については同法に特別の規定がないのであるから、土地収用法二条及び三条に適合する場合、すなわち同法三条に規定する事業でなければ収用できない。ところが、本件事業は、同法三条に規定する事業でないから、本件収用は違法である。

(ロ) 仮に、右主張が理由がないとしても、整備法一七条二項により、旧都市計画法一九条が準用されるのであるから、本件収用の範囲は同法一九条前段掲記の同法一六条、一七条に規定された物件に限られるのである。これらはすべて特定の公共施設又は衛生、保安上必要なる施設であり、また土地収用法二〇条は事業の認定について同一の限定をしているのである。即ち土地収用法二〇条は整備法一五条の土地のうち、旧都市計画法一九条に該当するものについて事業の認定をなす趣旨である。しかしながら、本件土地の収用は、旧都市計画法一九条に定める公共施設、保安衛生の用に供するものではないから、本件土地収用は違法である。

(4)  工場団地の圧倒的過剰性と、事業認定と施行事業との差異工場団地は圧倒的な供給過剰であり、本件都市計画事業は廃止すべきである。

また、本件都市計画事業の施行は、昭和四〇年一一月九日首都圏整備法二二条一項により決定された事業計画と全く異なり、本件都市計画事業以外は具体的な計画である施行区域、予算の計上など全く行なわれておらず、本件工業団地のみを造成する理由は全くない。

(5)  土地収用法七二条違反

(イ) 本件裁決は昭和四二年法律第七四号による改正前の土地収用法七二条にいう相当の価格を示していない。本件裁決申請の際公団が提出した昭和四二年四月一日付不動産鑑定書によれば、収用の対象となつた本件土地の一平方米当りの価格は平均金三四四円五四銭となつているが右鑑定価格は本件裁決時の価格ではない。すなわち、被告が依頼した昭和四三年八月二日付不動産鑑定書によれば、本件土地の一平方米当りの価格は平均金四二〇円となつており、右の鑑定価格が本件裁決時における価格であることは明白である。また、原告らが被告に提出した昭和四三年八月二八日付井坂雄の鑑定書によれば、一平方米当りの価格は平均金七〇〇円であつた。しかるに被告はこれら裁決時の鑑定の結果を無視し何等の合理的根拠も示さず、漫然と本件土地一平方米当りの価格を三六四円としたのである。

(ロ) 仮りに、右主張が理由がないとしても、被告が前記旧土地収用法七二条にいう相当の価格を決定するに当つては「公共用地の取得に伴う損失補償基準要綱」(昭和三七年六月一九日内閣決定、以下単に要綱と称する。)に従うべきことは勿論である。しかしながら、被告及び公団の提出した鑑定書は、要綱七条三項の「土地を取得する事業の施行が予定されることによつて当該土地の取引価格が低下したと認められるときは、当該事業の影響がないものとしての当該土地の正常な取引価格によるものとする。」との規定に違背し、通常の取引価格より本件事業の施行によつて取引価格が低下する分を差引いている。このため右価格は相当な価格ではない。

従つて、本件裁決は前記旧土地収用法七二条に違反する。

第三、請求原因事実に対する被告及び補助参加人の認否並びに被告の主張

一、請求原因一の事実中、公団から裁決申請があつた日時の点を除いて認める。

公団から裁決の申請があつた日は、昭和四二年一一月一三日である。

二、同二(一)(1) の事実中、土地収用法二四条二項の規定による公告縦覧をしていないことを認める。しかし、本件においては、土地収用法二四条二項の規定による公告、縦覧は、法律上必要とされていない。すなわち、土地収用法二〇条の事業認定と見做され

る旧都市計画法三条一項の規定による主務大臣の都市計画事業の決定においては、法律上土地収用法二四条所定の手続は要件とされていない。その代り、都市計画事業の決定に当つては、「都市計画審議会の議決を経る」ことを要し(旧都市計画法三条一項)、都市計画審議会は都道府県知事を会長とし(都市計画審議会令七条)市町村長、都道府県副知事その他の吏員、市町村議会議員、都道府県議会議員等をもつて充てられる委員(同令八条)によつて組紙されるものであつて、右審議会において一般公衆の民意を反映しようとしているのである。したがつて、都市計画法三条に定める都市計画および都市計画事業の決定に当つては、実質上も土地収用法二四条所定の手続は必要でなく、これを欠くからといつて本件事業計画の決定が違法となるいわれはない。

三、同二(一)(2) の事実中、被告が原告らの主張する文書の閲覧を拒んだことを認める。

土地収用法六二条の審理の公開とは、収用委員会の行なう審理そのものを一般公衆に公開して公平な審理を期するためのものであり、被告が蒐集した裁決のための資料一切を一般公開することを含むものではない。しかも右審理の公開も、公益上必要があるときは公開しないことができる(土地収用法六二条但書)のであつて、鑑定書の閲覧を拒んだことをもつて違法ということはできない。

四、同二(二)(1) の事実を否認する。

土地収用手続上、事実認定官庁と収用裁決官庁(収用委員会)とは別個の行政機関とされている。そして前者は、起業者が申請する事業につき、(一)事業が同法三条各号の一に掲げるものに関するものであること。(二)起業者が当該事業を遂行する充分な意思と

能力を有する者であること。(三)事業計画が土地の適正且つ合理的な利用に寄与するものであること。(四)土地を収用し、又は使用する公益上の必要があるものであること。以上の要件に該当するときは事業の認定をすることができるのである(土地収用法二〇条)。従つて以上の要件、なかんずく事業計画が土地の適正且つ合理的な利用に寄与するとともに土地を収用する公益上の必要があるかどうかの判断は、事業認定の手続において行なわれるのであつて、収用委員会とは別個の行政機関である建設大臣又は都道府県知事の権限に属することである。他方収用委員会は、右事業認定官庁の事業認定に基づいて、右事業認定がある限り右事業は土地収用の権能を有する公共事業であることを前提として、爾後の手続、すなわち、収用すべきか否か収用の範囲、補償金額等についての審理をし、裁決をすべきこととされているのである。したがつて、原告らが事業の公共性を争うとすれば、事業の認定に対する異議申立、又は審査請求の手続においてなすべきであり、収用裁決の取消を求める本件訴訟においては、事業の公共性を争うことは許されない。

仮に、右主張が理由ないとしても、本件事業は、建設大臣が以下述べる理由から、公共の利益にかなう事業であり、土地の適正かつ合理的な利用に寄与するものであると判断したうえ、昭和四一年一二月八日、整備法四条・旧都市計画法三条に基づいて、工業団地の造成に関する都市計画事業として決定したものである。

(一)  近代社会の発展に伴い大都市、殊に首都における産業及び人口の過度集中現象が目立ち、これがため都市機能が著しく阻害されるようになつた。そこで首都への産業及び人口の過度集中を防止し、わが国の政治、経済、文化等の中心としてふさわしい首都圏の建設とその秩序ある発展を図ることは、社会公共のため国に課せられたきわめて重要な課題であつた。右の目的のため昭和三一年首都圏整備法が制定されたが、同四一年五月三〇日石岡地区は、同法に基づき、工業都市として発展させることが適当な都市開発区域として指定されるとともに、同区域整備計画の決定を見たのである。

(二)  このように、首都圏整備の一環を担う工業都市として当該地域を発展させるためには、道路、排水施設、公園緑地、防火施設等の整備が図られると共に、その都市の中核となる相当大規模な工業団地を適切かつ円滑に造成することが肝要である。そこで整備法は、かかる工業団地造成事業達成の為、種々の構想をもつて臨んでおり、例えば、造成工場敷地の譲受人の選考については、同法二三条に定める順位に従つて公正に選考して決定されることになつている。

(三)  このように、本件都市計画事業は、単に工業団地を造成し、造成地を他に譲渡すという事業ではなく、第一に首都圏整備の一環としての事業であり、第二に工業団地のみではなく、併せて公共施設を総合的に整備する都市計画の一環として行なわれる事業であつて、かつ、右事業によつて造成された工場敷地の譲受人の資格、選考は右目的に沿うよう厳格に定められ、右敷地の利用権利の移転等についても厳しい制限が設けられているのである。したがつてかかる事業が、土地の適正且合理的な利用であり、公共の福祉を増進するための公共事業であることは明らかである。

五、同二(二)(2) の事業を争う。

六、同二(二)(3) (イ)の事業はこれを争う。

整備法一五条は、工業団地造成事業の公共性に鑑み、土地収用法三条に公共事業と規定されていない同事業の施行者に新たに土地収用の権能を与えるために設けられた規定である。したがつて、整備法一五条の適用に当つて、さらに土地収用法三条の要件を必要とすることは、整備法一五条の規定の存在を抹殺するものである。

七、同二(二)(3) (ロ)の事実はこれを争う。

工業団地造成事業は都市計画法に基づく都市計画事業として施行される(整備法四条、六条)のであるから旧都市計画法一六条、一七条によつて収用する権能も一応あるということができる。しかしながら、旧都市計画法一六条及び一七条所定の土地、建築物及び工作物の収用のみでは、工業団地造成事業の円滑かつ萬全な施行を期し難いところから、特に整備法一五条は工業団地造成事業の施行者に対しその事業に必要な土地の収用を認めたものである。

従つて、整備法一五条による収用の範囲は、旧都市計画法一六条及び一七条に規定された物件に限定すべきものではない。

八、同二(二)(4) の事実はこれを否認する。

(一)工業団地は圧倒的供給過剰ではない。昭和四三年一〇月一日現在において、首都圏の都市開発区域において造成された工業団地は四、五一二・三ヘクタールでその中処分された土地は三、七五七・七ヘクタールであり、処分率は七九・二%に達している。殊に茨城県下において、水戸、勝田地区が九二%、土浦、阿見地区が七六・九%、石岡地区が一〇〇%、鹿島地区が九一・九%の処分率を示している。

(二)  また、昭和四三年一二月末日現在における石岡市街地開発区域整備計画の進捗状況は別紙一覧表〈省略〉のとおりであつて、本件都市計画事業を含む宅地整備が一五%の進捗率であるのに対し、道路整備は四〇・一%、上水道整備は九〇・九%、都市下水路は六〇・二%、河川整備は四三・四%の進捗率を示しており、原告らの主張のように、本件工業団地造成事業のみが、他の公共施設の整備に先んじて単独で施行されているわけではない。

九、同二(二)(5) (イ)の事実中、訴外公団が提出した不動産鑑定書によれば本件土地の一平方米当りの平均価格が三四四円五四銭であつたこと(ただし同書面の日付は同月一三日である。)、本件裁決において本件土地の損失補償額を一平方米当り三六四円と定めた事実は認める。被告が依頼した昭和四三年八月二日付不動産鑑定の評価による本件一平方米当りの平均価格は四二〇円であること、原告提出の昭和四三年八月二八日付不動産鑑定士井坂雄の鑑定書による同一平方米当りの平均価格が七〇〇円であるとの事実を否認する。

原告らの本件裁決価格は、昭和四二年法律第七四号による改正前の土地収用法七二条にいう相当の価格でない旨の主張は、損失補償の金額を争うものであるところ、損失の補償に関する訴は、起業者を被告として訴を提起しなければならないものであり、本件の如き収用裁決取消訴訟において主張することは許されない。

なお、本件土地に対する補償額の算出根拠は、つぎのとおりである。

(一)被告の採用した鑑定

(1) 公団提出の佐藤鑑定士の鑑定

価格時点昭和四二年四月 一平方米当り平均三四四円五四銭

(2) 公団提出の高田鑑定士の鑑定

価格時点昭和四二年四月 一平方米当り平均三三九円

(3) 被告依頼の斉藤鑑定士の鑑定

価格時点昭和四三年六月 一平方米当り平均四〇五円

(二)右の鑑定の内(1) 及び(2) の鑑定額については、公団の任意買収の最終時点が昭和四二年八月二五日であり、これから裁決時まで約一年を経ているので、法定利息相当額の五%をもつて時点修正をした。

(1)  344円54銭×1.05=361円

(2)  339円×1.05=358円

(三)  時点修正した(1) 、(2) 及び(3) の鑑定額の平均は次のとおりである。

(361円+358円+405円)/3=373円

(四)  一方、公団は本件周辺の土地を公簿面積、一平方米当り三四円の価格で任意買収していた事実が認められる、これを本件土地について適用すると、

76,414平方メートル(公簿面積)×354円(単価)=27、050、556円となり、同一単価で実測面積により計算すると

78,397平方メートル(実測面積)×354円(単価)=27、752、538円となる。即ち、実測面積により算出した場合には公簿面積により算出した額より七〇一、九八二円多くなる。差額七〇一、九八二円は、公簿面積と実測面積との差(いわゆる縄延分)に相当する価格であるから公簿面積により買収するためには、この部分を控除し、一平方米当り三四五円としなければならない。その算出は、つぎのとおりである。

27、050,556÷78、397立方メートル=345円

したがつて実測面積一平方米当りの縄延分の価格は

354円-345円=9円 となる。

このため(二)(3) の三七三円から縄延分九円を控除した一平方米三六四円をもつて本件土地に対する補償額を決定したものであつて、その価格は相当である。

一〇、同二(二)(5) (ロ)の事実はこれを争う。

本件土地は、もと山林であつて、本件都市計画事業の施行が予定されることによつて土地の宅地化、近傍地の将来の発展などにより土地の取引価格が高騰こそすれ、低下することがないのは、事業の性質上公知の事実である。

第四被告の主張に対する原告らの反論。

一、第三、三の主張について

鑑定書を公開しないことが公益上必要であるとの被告の主張は、損失補償に関する収用法六三条三項の規定に反するものである。

二、同四の主張について

建設大臣の都市計画事業の決定が土地収用法二〇条の事業の認定と看做されたからといつて、それが直ちに公共の利益となる事業であり、土地を収用することが公共の利益の上からいつて必要であるとともに適正且つ合理的であり、従つて同法二条及び二〇条の要件に該当するものということはできない。この要件は看做されるものではなく、事実上存するものでなければならない。

三、同八(二)の主張について

(一)  宅地については、用地の場所は勿論範囲すら定められていない。しかも予定地と目される土地に既に住宅、工場が存在していて計画の団地を造成することは不可能である。

(二)  道路整備計画中、柏原工業団地に通ずる道路(二・一・一線)約一〇〇米が整備されている状態で、二・二・一線、二・一・三線、一・三・一線、二・二・二線など路線すら決定していない。

(三)  公用空地については全然計画が実施されておらず、予算も計上されていない。

(四)  上水道について、事業主体は湖北水道組合となつているが、同組合には本件工業団地の上水道施設の整備計画はなく、本件団地造成予算にも上水道施設に関する予算は計上されていない。

右以外の計画は実施されているが、被告主張の進捗率は石岡市街地の新規開発のためのものではなく、従前の石岡市の整備として施行されたものである。

以上要するに石岡都市開発区域整備計画は、土地収用法によつて本件石岡工業団地のみを強制的に造成する目的のもとに、首都圏整備法二四条、整備法四条の規定を利用して仮装したものであり、もとより実施の意思はなかつたのである。従つて整備法に基づき本件土地を収用することは許されないから、本件裁決は違法である。

四、同九の主張について

原告らは、被告の価格決定の方法が違法であると主張しているので、本件収用裁決取消訴訟において主張することは許されるものである。

第五証拠〈省略〉

理由

一、〈証拠省略〉を総合すると、次の事実が肯認できる。

(1)  昭和四〇年一一月九日首都圏整備委員会告示第一号により、石岡市街地開発区域における整備計画の決定及び公表。

(2)  昭和四一年三月九日建設省告示第四七五号により、石岡都市計画用途地域の指定及び告示。

(3)  昭和四一年一〇月二六日茨城都市計画地方審議会により後記(4) の都市計画並びに都市計画事業の可決答申。

(4)  昭和四一年一二月八日建設省告示第三九二一号により、石岡都市計画柏原工業団地造成事業を施行すべきことについての都市計画並びに都市計画事業の決定及び同事業の施行者を公団と指定告示。

(5)  昭和四三年六月一日公団による収用手続開始の申請。

(6)  同年一二月二六日茨城県知事の土地収用手続開始の公示。

(7)  同年一一月一三百公団の裁決申請。

(8)  同年八月二八日被告の本件土地収用裁決(内容は請求原因第一項に記載するとおりであり、以上の点は当事者間に争いがない。)。

二、原告らは、被告の行なつた本件土地収用裁決は違法である旨主張し、その理由として縷々述べるので、以下判断をすすめることとする。

(一)請求原因第二項を記載(一)の(2) の主張について

被告が、公団の裁決申請についての審理中、原告らに対する損失補償に関する鑑定書の閲覧を拒んだことについては、当事者間に争いがない。ところで、土地収用法六二条にいう「審理」の「公開」とは審理が一般公衆の傍聴できる状態で行なうという趣旨であつて、収用委員会に提出された資料について、土地所有者あるいは関係人の要求に応じて閲覧させることまでも含む趣旨とは解されない。また、土地収用法六三条三項は、起業者及び被収用者が、裁決申請書の添付書類又はそれに対する意見書により申立てた事項、及び収用委員会の審理において書面又は口頭により述べた意見の内容を証明するため、収用委員会に対して、資料の提出或いは参考人の審問、鑑定命令、実地調査を申立てることができる旨を規定し、また同法六五条によれば収用委員会は右の資料提出の申立を相当であると認めるとき、又は審理若しくは調査のために必要があると認めるときは、起業者、被収用者らに対して資料の提出を命ずることができる建前になつている。しかしながら、以上の規定は前掲の鑑定書の公開に直接連なるものではない。原告らの請求原因第二項記載(一)の(2) の主張はしょせん採用の限りでない。

(二)  同じく(一)の(1) の主張、(二)の(1) 、(2) および(4) の各主張について

1、被告は、建設大臣が整備法四条に基づき、旧都市計画法三条の規定する本件都市計画事業の決定をしたのであるから、該事業は土地収用を必要とする公益事業であることを当然の前提として、土地収用の裁決を行なつたまでのことであつて、右の事業が土地の適正且つ合理的な利用に寄与するかどうかまた土地の収用を必要とする公益事業であるかどうかの点を争うのであれば、それは事業の決定に対する不服申立の手続においてなすべきであり、さような点につき判断する権能を有しない被告の行なつた収用裁決の取消を求める本件訴訟において、原告らは前記の点についての違法を主張することは許されない旨主張する。この主張は要するに、建設大臣の行なつた違法な事業決定処分について既に不可争力を生じたのちにおいても、その違法は後続処分である被告の行なつた収用裁決の違法として承継され、当該裁決の取消訴訟において、この違法を裁決の取消原因として主張できるかどうかの問題に帰する。そこで考えてみるに、弁論の全趣旨によれば、本件都市計画事業は整備法四条に基づき建設大臣が旧都市計画法三条に定める都市計画事業として決定したものであり、また本件土地収用は整備法一五条一項に基づき行われたものであることが肯認できる。したがつて同法一七条二項旧都市計画法一九条昭和一八年勅令第九四一号都市計画法及同法施行令臨時特例二条二項により、本件都市計画事業の決定をもつて土地収用法二〇条にいう事業の認定とみなされ、これと同一の法律効果が発生することになる。したがつて建設大臣の事業の決定によつて事業主体(本件においては公団)は収用権を取得するのであるが、この収用権は、収用裁決によつてその内容が具体的に確定され、ここに事業主体と被収用者との間に具体的法律関係が形成されることになるのである。さようなわけで、収用裁決は、事業の決定を前提としこれと結合して具体的な法律効果の発生を目指しているのであるから、事業の決定に存する違法は、これに後続する収用裁決の違法として承継されるものといわなければならない。もつとも本件都市計画事業が土地収用を必要とする公益性を有するかどうか、当該事業の施行区域が整備法四条一項各号の条件に該当するかどうかの判断は、事業決定庁の権限に属するものであり、被告は右の点につき審査の権限を有しないが、さようなことは、行政庁相互間における権限分配の問題であり、私人が行政処分を争う立場からすれば特段の意義を有するものではないし、また事業の決定が不服申立期間の徒過によつて不可争力を生じたとしても、それは不服申立権を失わしめるにとどまり、事業決定に内在する瑕疵を全面的に治癒するものではない。

さようなわけで、原告は前記(二)に掲げた主張にかかる瑕疵を、いずれも本件収用裁決の瑕疵として主張するところ、その実質をみれば本件都市計画事業の決定処分に存する瑕疵であるが、これらの瑕疵も含めて以下検討を加えることとする。

2、(一)の(1) の主張について

建設大臣が本件都市計画事業の決定を行なうに当り、石岡市長が土地収用法二四条二項所定の公告および縦覧の手続を行なわなかつたことは当事者間に争いがない。原告らは、前記事業決定処分は、右の先行手続が履践されないまま行われた点において手続上の瑕疵がある旨主張する。しかしながら整備法四条に基づき、建設大臣が旧都市計画法三条の規定する都市計画および都市計画事業の決定を行なう場合、土地収用法二〇条の規定する事業の認定処分の先行手続を規定した同法二四条を、適用ないし準用すべき根拠は何ら存在しない。故に原告らの前記主張は失当というほかはない。

3、(二)の(1) 、(2) および(4) の主張について

(1)  〈証拠省略〉ならびに弁論の全趣旨を総合すると、首都圏整備委員会は、昭和三九年一二月一〇日、昭和四〇年法律第一三八号による改正前の首都圏整備法二四条一項に基づき、昭和三九年一二月一〇日石岡地区を市街地開発区域として指定し、さらに同法二二条一項二一条三項旧首都圏市街地開発区域整備法二条三項に基づき、昭和四〇年一一月九日前述の石岡市街地開発区域整備計画を決定したが、昭和四一年五月三〇日、昭和四〇年法律第一三八号附則二項に基づき、右と同一区域により都市開発区域を指定し、かつ右の整備計画と同一内容の都市開発区域整備計画を決定した上告示したことが認められ、建設大臣が整備法四条旧都市計画法三条に基づき本件都市計画事業の決定を行なつたことは前述したとおりである。ところで同委員会がどのような区域を都市開発区域として選択し指定するか、また都市開発区域整備計画の内容をどのように策定するかということは、東京都がわが国の政治、経済、文化その他あらゆる分野における中心地として果たす役割がいよいよ重要の度を加えつつあり、そのため、人口と企業の過度集中をもたらし今や収拾しがたい状態におちいつている現状にかんがみ、わが国の政治、経済、文化等の中心としてふさわしい首都圏の建設を図ることを目的とし(首都圏整備法一条参照)、既成市街地への産業及び人口の集中傾向を緩和し、首都圏の地域内の産業及び人口の適正な配置を図る(同法二五条参照)という観点から判断されることがらであつて、すぐれた都市政策、産業政策上の技術的判断を必要とするものであり、また建設大臣が策定する工業団地造成事業の施行区域の決定は、整備法四条一項に則り行われるのである。すなわち、都市開発区域整備計画が整備されている都市開発区域内にあること(同項二号)、当該区域内において建築物の敷地として利用されている土地がきわめて少ないこと(同項三号)、建築基準法五〇条三項の工業専用地区にあること(同項四号)以上の基準に合致することを要するほか、工業都市として発展させることが適当な都市開発区域内にあつて当該区域の整備発展の中核となるべき相当規模の区域であること(同項一号)が条件となつているのである。したがつて前記事業の施行区域の決定は、都市政策上の観点からする判断はもとよりであるが(整備法一条参照)、工業政策上の専門的、技術的判断、特に工業の立地条件たとえば交通運輸、工業用水、電力ガス等の動力源、労働力の供給源、廃棄物の処理等に関する各般の条件を考慮することが要請されるのである。(整備法四条二項

参照)。さようなわけで、都市開発区域の指定、同区域についての整備計画の策定、および工業団地造成事業の施行区域の決定は、いずれも法令の定める範囲内で関係行政庁の裁量によつて決定すべき事項であり、したがつて裁量権の踰越ないしその濫用がない限り違法とはならないものと解するのが相当である。

(2) (二)の(1) および(2) の主張について

原否らは、本件都市計画事業の真の目的は、該事業区域に企業を誘致することによつて石岡市の税収入を増加することであり、土地の適正かつ合理的利用ということはできないし、また本件土地に企業を誘致するについて公益上の必要は認められず、誘致された企業は本件土地をその営利のために利用するにすぎないのであるから、本件都市計画事業は公益事業ということはできない。それ故本件土地の収用は憲法二九条三項、土地収用法二条に違反する旨主張する。しかしながら、本件都市計画事業の本来の目的が、個々の企業の利益とか、石岡市の税収入の増加、に至るという点についてはこれを肯認できる証拠は全く存在しない。かえつて、〈証拠省略〉によると、首都圏整備委員会が決定した前示石岡都市開発区域整備計画は、首都へ指向しまたは首都より分散する人口および産業の吸収定着化を図るため、その中核となる工業団地の開発と関連都市施設の整備を図ることを目的とし、区域総面積六、三三一ヘクタールのうち、おおむね二、四七二ヘクタールの地域を市街化しようとするものであり、同地域における都市施設整備の指針として、健全な市街地の開発整備に重点を置き人口の増加と工業団地の進捗に即応し、均衡ある整備を図ることを掲げ、その内容は宅地整備計画、道路整備計画、公共空地整備計画、上水道整備計画、工業用水道整備計画、下水道整備計画、清掃施設整備計画、河川整備計画、公共住宅整備計画、義務教育施設整備計画の一〇項目にわたるものであり、右の宅地整備計画の一環として石岡市柏原地区(一六七ヘクタール)につき工業団地造成事業を実施することを策定したものであり、建設大臣はこの計画を実施するため本件都市計画事業を決定したことが認められる。そうであるとすれば、首都圏整備委員会または建設大臣の行なつた前示各行政行為には、原告らの主張するような裁量権の踰越ないしその濫用と目すべき違法は存在しないものといわなければならない。

(3) (二)の(4) の主張について

原告らは、昭和三八年以降は茨城県下において、昭和四一年頃は全国的に、工業団地が著しく供給過剰の状態となつているから、本件土地を収用してまで本件都市計画事業を施行するほどの公益上の必要性も合理性も見出えない旨主張するが、〈証拠省略〉によれば、昭和四三年一〇月一日現在、首都圏における都市開発区域において造成された工業団地は四、五一二・三ヘクタールであり、その内、処分面積は三、五七五・七ヘクタールに達し

その処分率は七九・二%となつており、殊に石岡地区においては処分率一〇〇%であることが認められるから、本件都市計画事業の決定が明らかにその必要性を欠き裁量権の範囲を超えているものということはできない。

さらに、原告らは、昭和四〇年一一月九日決定をみた前記石岡都市開発区域整備計画の実施について、宅地整備計画は本件都市計画事業以外は用地の場所、範囲さえ決定されておらず、道路整備計画は本件柏原工業団地に通ずる道路約一〇〇米が整備されている以外は路線すら決定していないし、公用空地整備計画は全く実施されておらず予算も計上されておらず、上水道整備計画は、事業主体が湖北水道組合と定められているが、同組合は本件柏原工業団地の上水道施設について整備計画を決定していない旨主張し、以上のような事実にかんがみるとき、首都圏整備委員会は本件柏原工業団地造成事業以外は、実施の意思がないのにかかわらず、前記石岡都市開発区域整備計画を樹立したものであると結論する。しかしながら同委員会は右の整備計画を作成する権限は有するが、自ら事業主体となつて計画を実施する権限は有しないのであつて(首都圏整備法=四条参照)、本件石岡都市開発区域整備計画に徴しても、各種整備計画の事業主体がそれぞれ異なつてい

ることは、〈証拠省略〉により肯認できるのである。ところで、右の整備計画は広汎、多岐にわたり、その執行、実施に当つては各事業主体において予算上の措置を要するばかりでなく、相互の連携、調整を必要とするものであり、整備計画全般とも関連して相当長年月をすることが予定されているのである。しこうして〈証拠省略〉によれば、石岡都市開発区域整備計画事業の進捗状況は別紙一覧表〈省略〉のとおりであることが肯認できる。してみれば、前記委員会が、本件都市計画事業以外の事業については実現の見込も意思もなくして整備計画を策定したものと断ずるわけにはいかない。したがつて同委員会の行なつた整備計画の決定をもつて裁量権の濫用を言為することは当らない。

(三)同じく(二)の(3) の主張について

1、(イ)の主張について

原告らは、本件都市計画事業は土地収用法三条に列挙する事業に該当しないから、本件都市計画事業の施行のために土地を収用することは許されない旨主張するが、整備法一五条一項は、上来説明したところから明らかなように工業団地造成事業が公益事業であるところから、土地収用法三条に列挙する事業に該当しない右の事業の施行者に対し土地または特定の権利を収用する権能を与えるために設けられた規定であることは、被告の主張するとおりである。したがつて整備法一五条一項の規定につき右と解釈を異にする原告らの主張は採用の限りでない。

2、(ロ)の主張について

原告らは、整備法一五条による収用の場合、旧都市計画法一九条が準用されるので(整備法一七条二項)、収用の目的物の範囲は、旧都市計画法一六条または一七条に規定された物件に限定される旨主張するので審究するに、工業団地造成事業は、計画等の策定およびその施行ともに旧都市計画法の定める手続にしたがい都市計画事業として行われるのである(整備法四条六項)。すなわち工業団地造成事業の施行に当つては、建設大臣がまず、旧都市計画法三条に定める都市計画、都市計画事業を決定することになる(整備法四条)。ところで整備法一七条二項は「都市計画法第一九条の規定は、第一五条第一項の規定による収用……について準用する。」と規定しているが、その意味は、整備法一五条一項の規定による収用の場合についても、旧都市計画法三条の規定による都市計画事業の認可(昭和一八年勅令第九四一号都市計画法及同法施行令臨時特例二条一項一号二項により、右の都市計画事業の認可は、都市計画または都市計画事業の決定と読替えることになる。)をもつて土地収用法二〇条の規定による事業の認定とみなす、すなわちこれと同一の法律効果(事業主体に収用権を設定する効力)を生ずるということにほかならない。したがつて旧都市計画法一九条は本来、同法一六条または一七条の規定による収用または使用の場合を前提とする規定であるが、整備法一五条一項の規定による収用の場合にも作用することになるわけである。整備法一七条二項の規定は、前摘示以上の意義を有するものではな

い。また前述したように工業団地造成事業は旧都市計画法に基づく都市計画事業として施行する建前になつているのであるから、施行者は同法一六条、一七条の規定する土地その他の物件を収用することができることはいうまでもない。さようなわけで、原告らの前記主張は、整備法一七条二項の解釈を誤まり、ひいては被告が正当に指摘するように同法一五条の存在意義を無視した立論というほかはない。

(四)  同じく(二)の(5) の主張について

土地収用法一三三条二項は、収用委員会の裁決のうち、損失の補償に関する訴は、これを提起した者が起業者であるときは土地所有者または関係人であるときは起業者を、それぞれ被告としなければならない旨規定し、同法一三二条二項は、収用委員会の裁決についての審査請求においては、損失の補償についての不服をその裁決についての不服の理由とすることができないと規定している。以上の規定の趣旨を総合して考えてみると、収用委員会の裁決のうち、損失の補償に関する不服は全てこれを裁決に対する抗告訴訟とは別個の訴訟手続によらしめたものと解するのが相当であり、したがつて裁決に定められた損失の補償額が、かりに昭和四二年法律第七四号による改正前の土地収用法七二条にいう相当な価格に該当しないとしても、この点の瑕疵は裁決そのものの取消原因には該らないというべきである。

三、以上要するに、本件収用裁決には原告らの主張するような取消原因は認められないから、その取消を求める原告らの本訴請求はいずれもこれを失当として棄却すべく、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九三条を適用し、主文のとおり判決する。

(裁判官 石崎政男 長久保武 水口雅資)

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